【京都お菓子の部屋】贈答用のお菓子の選び方

友人宅を訪問するとき、お茶会のあるとき、お菓子を持参することは多いと思います。しかしどういったものを持っていくべきか悩みませんか? 思い切り気合いを入れて敵地に乗り込むような時は逆に選びやすいのですが、仲の良いお友達や問題のない親戚を訪問するというときこそ、何を選んだら良いのか困ってしまいます。気楽な相手のはずなのに気楽に選べないのはなぜなのでしょう? それには理由があります。

お菓子と贈与

日本のお菓子の歴史を紐解くと、縄文時代にはすでに栗の実を焼いたクッキー状のものがあったらしく、また果物もお菓子的な意味で食べていました。平安時代には中国から穀物の粉を焼いて作るタイプのお菓子が伝わり、これらは唐菓子と呼ばれましたが、今までの果物を水菓子といって区別するようにもなりました。
その後茶道が伝わり、お茶菓子としての点心の技術も伝わりましたが、中国では餡に肉類を用いる羊羹や饅頭だったのに対して、日本では仏教の影響があり餡に肉類を入れるのを避け、小豆を甘く煮たものなどを用いるようになりました。戦国時代にはカステラなどの洋菓子が伝来し、明治以降はケーキなどの洋菓子が入ってきました。機械生産によるお菓子の大量生産は戦前より始まり、戦後に興隆を迎えます。

京都の和菓子

さて、お菓子の歴史はざっと以上ですが、お菓子の役割に注目をすると違った側面が見えてきます。お菓子というのは、自分が消費するために購入する場合と、他人に贈与するために購入する場合があることが分かります。
現代の我々は、戦前から始まる機械生産によるお菓子を豊富に享受してきたので、お菓子は自分の好きなものを自分のために買うものというイメージが強くなっています。別にそれはそれで間違いではないのですが、平安時代の唐菓子から明治時代の洋菓子に至るまで、お菓子というのは基本的に他人に贈るために存在していました。

縄文時代の粟のクッキーが自家消費用か贈答用か分かりませんが、まず贈答用と考えてよいかと思います。なぜかというと、贈与というものは日本だけではなくどの社会にもどの時代にも非常に重要なものとして、どの文化でも重要な位置を占めていたからです。
贈与は平和の証であり、ときに宣戦布告にもなりました。互いの地位の再確認であり、地位の変更を求めるものでもあります。
人類は自分が食べるためだけに食物を生産してきたのではなく、贈与をするために生産してきたと言っても過言ではありません。なぜなら人間は社会的な動物であり、自分自身が生きていくためには、自分の食欲を満たすだけではなく、社会的な欲望を満たさなければならなかったためです。その社会的欲望を満たすための手法が贈与であり、お菓子は贈与のツールとして発達してきました。

「重く」なるお菓子

旅行に行ってお土産を買うときに、もしくは誰かの家を訪問するので手土産を用意しようとしたときに、何を選べばよいか分からなくなって困ったことはないでしょうか。別に結納品を収めに行くのでなければクレームの陳謝に行くわけでもなし、ちょっとしたものを気軽に買えば良いと分かっているのに、いざ選ぶとなると迷ってしまって収拾がつかなくなる・・・というのは誰しもがよく経験することです。これは、上述の贈与の意味を本当のところでは分かっているからです。贈与は平和宣言であり宣戦布告であり、地位の確認であり更新要求でもあるのです。それだけの意味があると心の本当のところでは理解しているから、別にそんなつもりもなかった手土産の重い意味に不意に直面して、戸惑っているのです。

京都のお菓子

お菓子は確かにある種の「外交の武器」です。本当にそれを武器として使うシーンは今でもあります。上記で「結納品を収めに行くのでなければクレームの陳謝に行くわけでなし」と書きましたが、こういった状況では持参する贈答品はまさに外交の武器です。こういうときは誰しも徹底的に贈答品を選ぶでしょう。それはまさに武器を研いでいるわけです。
それほど深刻な事態ではない場合でも、手土産としてのお菓子は重くなっていきました。攻撃力は無い代わりに防御力にステータスを振ったのです。そのため、お菓子は見た目が派手になり、食感が重くなり、受賞したとか歴史があるとかいった箔をつけるようになります。そして値段が高い。そういったものは戦いの場において「勝ちはしないけど負けはしない」という意味で無難なのです。
そういったものが必要なときもありますが、ふと我に返って思うのです。今、そんな重いお菓子が必要だろうか、そもそも勝負しに行っているのだろうか、と。

そして我に返ってから、気がつくのです。
重くてごてごてしたお菓子を選ぶのは簡単だけど、軽くて敵意がなくて気安くて安心させるような、贈る方も受け取る方もそういう気分のするお菓子を選ぶのは、とても大変だと。センスというのはまさにこのことであり、重いお菓子を選ぶよりもよほど大変だと。

そんなときのためのお菓子を、これから紹介しようと思います。


手頃なプレゼントに

観光地などでご当地限定のスナック菓子や、それを大型化させたものなどが売られています。旅先まで行ってコンビニで買えるスナック菓子のフレーバーをちょっと変えただけというのはつまらない気はしますが、これがつまり「軽くて敵意がなくて気安くて安心させるような」贈り物です。そう考えながら買っているわけではないのでしょうけど、こういうご当地スナックを買う人はそう思っているのです。
しかしやはり、学生の旅行のお土産ならばともかく、大人同士で贈りあうには、これはさすがに味気ないのではないでしょうか。
そんなときにおすすめなのが、下記のような菓子です。

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    メッセージキャンディ ありがとう飴

    世界各国の言葉で「ありがとう」と書かれた飴です。飴ならば、差し上げるのも気楽ですし、貰う方も気楽です。短期間在籍した職場など、深い付き合いではないかも知れないけれども、確かにお世話になった皆様方に、ちょっとした心遣いができます。

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    果実ゼリー詰合せ 朝摘み果実園

    お菓子の歴史で書いたとおり、果物は水菓子とも呼ばれ、お菓子の原点の一つでした。お菓子が唐菓子や洋菓子になり、いくらでも手をかけられるようになったからこそ、重いものへと進化していったのです。それに対して果物は、高級な品種や初物などがあるとはいえ、基本的にはどこまで行っても自然のものであり、重さには限度があります。果物を贈り物にするその意味の部分を扱いやすい形に変えたのが果実ゼリーとなります。

軽いお茶菓子に

お菓子を贈答するタイミングと言うと、お茶になります。茶道のときもあるし、洋風の場合もあるでしょう。これも、やりようによってはどこまでも重くなり、互いに見栄と知識と財力を張り合うような戦いの場になってしまいます。だからこそ、お茶の席でのお菓子は、あえて軽く、とはいえ安っぽくなく、それでいて攻撃的ではないという、まさにセンスの良さが求められます。
そういったお菓子はこちらになります。

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    京の紅白松露(12個入)

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    京の松露 岩ごろも 2袋セット

松露の程よい甘さと、素朴な奇をてらわない姿。それだけに素材や加工の良し悪しがはっきりと現れます。自己主張をしませんが、奥深い。そんな松露はしっとりとした人間関係での贈答品によく合います。


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    和三盆糖のお干菓子 ゆうすい(千代箱)

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    ぎっしり詰まった季節の草花!和三盆糖のお干菓子 賀茂の華 京都 大

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    選べる!おためし和三盆糖 2袋セット

和三盆の上品な甘さを固めたお干菓子は、もともと抹茶の茶席のものですが、珈琲や紅茶にもよく合います。見た目に美しく、シンプルで、くどさやいやらしさのない甘さです。


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